安山岩探索紀行(6)〜「シルキーストーン」開発の軌跡〜
 シルキーストーンの新石種を探す旅が始まった。容易に見つかるはずはないが希望を捨てずに私たちは町から町へと移動しながら出会うべく新しい石への道を開拓して行った。

●大きな期待と親切な役人からの情報を胸に次の町へ…。
私たちの通訳である劉(リュウ)女史の情熱から得ることができた前の町の役人の方の親切なアドバイスにより、私たちはいよいよ役所専属の車をチャーターし、親切な運転手とともに情報の町へと向かった。
その町まではまっすぐ向かえば4時間ぐらいの道のりとのことだった。しかし運転手の提案で遠回りし、採石場を何箇所か見ながら向かおうということになった。私たちはその行程を地図を見ながらチェックしていくのだが、中国は土地があまりにも広大で地図上での距離感がつかみにくい。そこで運転手に時間や距離を質問してみるのだが、どうも的を得ない答えばかりが返ってくる。中国ではいつものことであるが、返事が曖昧で「もうすぐ。」「夜につく。」どこまで行っても「あと100Km。」など、はっきりした基準が無いうえ、言ったとおりに到着したためしがない。やはり中国はあまりにもスケールが大きいため日本とは距離感や時間の流れ方が違うのだろうか? まぁ…そうは思ってみるものの、日本にいる時みたいにスケジュールどおり仕事が運ぶなんていうことは望むべくもなく、ジタバタしてもしょうがない…。『没関係(メイカンシー)』(簡単にいうと気にしないの意味。)である。
少しの寄り道だと油断していた私たちは、一つ目の採石場に着いて愕然とした。地図で見ると本当の目的地である町まではには何百キロも遠回りになるのである。高速道路など有るはずもなく、不安になってくる。今日中に着くのだろうか?もし途中で一泊することにでもなれば近くにホテルなどは有るのだろうか?とにかくここは運転手の案内で石探しを続けるしかない。途中途中で見かける石の中には、日本ではお目にかかれないような面白いものがあるのだが、私たちが探しているようなものは残念ながらなかなか見つからない。それでも地図に印をつけ、石の特徴を書き入れる。
そうこうしているうちに日も暮れ始めたため、目的地である次の町まで急いだ。何とかその日中にホテルへ到着。町に一軒か二軒しかないホテルの部屋は幸運にも空いていた。車から荷物を降ろし、お世話になった親切な運転手ともお別れだ。相場を知らぬとばかりに、私たちに高額な運賃を提示してきたタクシーの運転手の話に激怒してくれたり、私たちの仕事に興味を持ってくれたり…。そのうえ色々な提案までしてくれた。これからまた5時間もかけて前の町まで帰って行くのだ。本当にお世話になった。ここはセコいことを言わず、珍しく大奮発だ!の気持ちで劉女史に「運転手は最初300元で良いと言っていたが、本当にお世話になったので1000元を感謝の印で渡してやってくれ。」我ながら気持ちの良い発言であった。ところが、劉女史が赤面し、何か言いづらそうにモジモジしている。「どうした?」と聞いたところ「実は…300元というのは直線の距離計算だったそうです。千キロちかく遠回りをしたので1500元欲しいと言ってます。」これには疲れを通り越し一同大爆笑。これぞ中国、というよりも勝手に自分の大奮発の太っ腹気分に酔っていたことにあきれる。
何はともあれチェックインし、私たちは食堂へ向かった。やはりこの辺まで来ると料理のメニューが北京辺りとは全然違ってくる。羊料理が多い。モンゴル料理なのだろうか?思えば随分遠いところまで来たもんだ…としみじみ思う。何事も無く日本へ帰れるのだろうか?ここで行方不明になっても絶対見つからないだろうな…。と、会社のみんなの顔と家族の顔を思い出し、ぬるいビールを飲みながら少し弱気になってしまった。
明日はいよいよ、情報のこの町で石探しである。もし明日中に見つからなければ今回は断念しよう。限られた時間と予算でよくやった。本当に劉女史のサポートのお陰だ。これでダメならまた再び来れば良い。今まで十数年間探してきて、なかなか見つからなかったのだから簡単に見つかるわけがない。等々…言い訳を考えはじめベッドについた。いずれにしても明日が最後の勝負だ。集中して情報を判断し、探している石へ少しでも近づく努力を精一杯しよう…。そんな思いを胸に抱きながら床に就いた。

●石を探す旅も終盤に。私たちの情熱が実を結ぶことを祈りつつ出発。
次の日の朝、劉女史がホテルのフロントでさっそく情報を収集し始めた。残念ながらめぼしい情報は無いらしく、エントランスを出て、タクシーの溜まり場へ向かった。そこで運転手の人たちに情報を探るべく片っ端から当たっていった。ここでもあまり成果はない。
劉女史は、ホテルのフロントに戻ると、ダンボール紙とマジックを借りた。何をするのだろう?と見ていたら、何と!中国語で「私たちは○○石を探しています。」と書き込みそれを胸の前にぶらさげたではないか。このプライドが高い…どちらかというとエリート意識の強い劉女史がここまでしてくれるのか?思わず目に涙が溢れた。本当に頭が下がる思いで一杯だった。心から「謝謝!!。」我々も弱気になっている場合ではない。今日は最終日。『加油!!(ジャーユ)』(がんばれの意味)。…と、反対に劉女史に元気づけられてしまった。
いよいよこの旅も大詰めである。我々の夢がかなうかどうかが今日で決まるのだ。私たち3人は祈るような思いでホテルを出発した。




- 続く -

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安山岩探索紀行 〜「シルキーストーン」開発の軌跡〜
   『THE 石の情報誌 ウェルストン』から抜粋しました。
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