安山岩探索紀行(5)〜「シルキーストーン」開発の軌跡〜
 シルキーストーンの新石種を探す旅が始まった。容易に見つかるはずはないが希望を捨てずに私たちは町から町へと移動しながら出会うべく新しい石への道を開拓して行った。

●いよいよ本格的に新石種探しの旅へ。
中国滞在3日目。いよいよ私たちやまと石材の二人と通訳の劉(リュウ)女史の三人はシルキーストーンの新石種を探す旅に出発することになった。
 まずは車をチャーターしなければならない。幸運にも、ちょうど役所専用の車が空いていて、しかも運転手が地元の採石場に詳しいということだった。早速、町にある全ての採石場を回ることにした。午前中、何箇所か回ったが、やはりめぼしい石は無かった。十数年探してもなかなか見つけられなかった石である。そんなに簡単に出会えるはずはない。もう一箇所の採石場を見たら昼食にしよう…ということになってその旨を運転手に伝えたが返事が無い。が、しかし、しばらくして一軒の食堂の前でいきなり車を止めた。腹が減ったから先に昼食にしようということだった。決して感じの悪い人ではなく、親身になってくれるナイスガイなのだが、やはり中国ではよくいるタイプ。マイペースというかわがままである。
 ここでは、町のレストランのような料理を期待するわけにはいかない。炒飯だったらハズレはないし安全だと思ったのだが、注文したところ店のおばさんからは『メーヨ!』の一言。中国滞在中にこの言葉を何回聞いたことか…。「無いです。」と言う意味なのだが、慣れるまではすごくぶっきらぼうに聞こえる。みんな一緒に食事をしながら世間話をしていると運転手から「日本人は生野菜を食べるのか?」という質問を受けた。日本の食習慣を聞いているのだと思い「ほとんど毎日食べている。」と答えた。すると、なんと水道も無いような食堂なのに、水滴のついた生野菜が運ばれて来るではないか。強烈なにおいのする味噌がそえられて…。これには参ってしまった。我々のために注文してくれたのに食べたくないとは言えない。外国で生のものを口にするのは御法度だが、私たち二人は勇気を出してひとくち、口に入れてみる。意外にシャキシャキとして美味しい。しかしやはり遠慮をした。わたしの相棒が調子に乗ってバクバクしているのを見て、大丈夫なのかと心底心配であった。
 昼食後、再び採石場を見て回ったのだが、やはり探している石は無い。そこで農家の集落に入ってもらった。各々の農家の周りに築いてある高さ1.2mぐらいの石垣を見て回り、石の色が良ければその石が採れる場所を聞き、行ってみようという考えだった。その方法で何箇所目かの農家へ向かう途中だった。川なのか道路なのかわからないような場所を通過した時である。車は腰を振り始め、嫌な予感を抱く間もなく、とうとうはまってしまった。我々が押してみることになったのだが、運転手がやたらとフカすため、どんどん深みにはまっていく。雪道に慣れている我々の方がこんな場合は上手なはずなのだが、プライドの高いわがままな運転手に交代を言い出せず、とうとう腹がつくまでしっかりはまってしまった。見渡す限り民家も無いこの場所で途方に暮れていると、ひょっこりおばさんが現れた。アジアの色んな国で同じようなことを何度か体験したことがある。どこにも人の気配が感じられないような場所なのにどこからともなく人が現れるのである。不思議で仕方が無い。偶然にすぎないのだろうか?
 このおばさんが私たちの事情を知った後、姿が見えなくなってから20分ぐらいすると最高の笑顔でスコップとあゆみ板をかかえ帰って来てくれた。この時ばかりは本当に心底「助かった〜!」と思った。夕暮れ時、あるいは日も暮れて何もない真っ暗闇を町まで何時間も歩くことになるのでは? となかば覚悟していたからである。このおばさんが女神に見えた。心から『謝謝!』の気持ちでいっぱいであった。私たちはその後無事脱出し、疲れ果てて町のホテルへと戻った。

●石を求めて次の町へと移動。
次の日は朝から、隣町まで石を探しながら車で移動することになった。しかしどうも私の相棒の様子がおかしい。ダウン気味である。やはり昨日の生野菜が悪かったのだろうか? とにかく次の町へ急ぎホテルへチェックイン。休ませることにした。軽い食あたりで済めば良いのだが…。午後は大事を取ってみんな一緒に休憩となった。
 夕方、通訳の劉女史が「良い知らせが有る。」と意気込んで私たちのところにやって来た。何でも、劉女史が午後の休憩時間を利用してホテル近くのサウナに入った時のことである。そのサウナで偶然知り合った人が人民政府の偉い人であるというのだ。そこで、私たちが探している石のことを聞いてみると、この町の役所の中に『対外貿易経済合作委員会』という部署があり、そこに行くと色々な相談に乗ってくれる…と教えて下さったそうだ。全く手がかりの無い探し物に疲れてきている劉女史はこの情報を天の助けと感じたようだが、中国の役所に対してあまり期待をしていない私たち二人は「まあ、情報は一つでも多いほうが良い…」くらいの気持ちでいた。
 それにしても後で聞いて驚いたのだが、劉女史はサウナの中で片っ端から探している石のことについて聞き回ってくれたようだ。全く頭が下がる思いである。町から町への移動中、少し進んでは車を止め道端の石ころを割って見ては一喜一憂している私たち二人を見て同情したのであろうか。いずれにしても責任感が強く本当に優しい人であることを改めて感じた。

●劉女史の情報を頼りに役所へ出発。よい手がかりが見つかることを祈って…。
次の日、相棒の体調もだいぶ良くなり、朝イチで前日の情報をもとに役所へと向かった。やはり役所の人は戸惑っていたようだ。私たちの自己紹介と相談内容の意図を伝えると「なぜここに来たのか?誰の紹介で来たのか?」と訝しげな表情である。中国でのビジネスの進め方について相談をすると多くの人が、「まず信頼を得て、地位の高い層との人脈を作り、そこから色々な人を紹介してもらい仕事を進めるのだ」と言う。しかし今の私たちにとっては、一年ひと昔の感覚だ。そんな悠長なことでは、会社が無くなってしまう。
 焦る気持ちを抑え、役所の人とじっくり話を続けていると、課の奥にいた人が私たちの話に割り込んできた。顔を見た感じ、日本の役所にいそうな頼り甲斐のある雰囲気の人である。その人は、この町を日本にPRするため1週間後大阪に出張する予定だといって微笑んだ。しかも、この課へ来る前は地質の専門に居たという経歴の持ち主だった。
 ようやく方向が見つかりそうで、私たちはいきり立って説明を始めた。サンプルを眺めながら中国の人にしては珍しく、途中ひと言も口を挟まずに話を聞いてくれた。しかし今のところ私たちが探しているような石の情報は持っていないと、非常に残念そうに話した。しかし、この省から出たある町で、似ている石を見たことがあるような気がする…と教えてくれた。この町で見つからなければ次はどこへ行けばよいのかさえわからなかった私たちにとっては、その一言で十分だった。心からお礼を言い役所を後にした。
 早速、情報通りの場所へ移動するべくタクシーの溜まり場へ。通訳の劉女史が心強い強気の交渉を始める。一番キレイで大き目のタクシーに値段を聞くと1,000元だという。交渉の末800元で決定。ホテルに荷物を取りに来てもらうことにする。 ホテルのロビーで荷物を用意していると、劉女史が何かひらめいたようだ。前に滞在した町でも役所の車が空いてさえすればチャーターすることができた。先程の親切だった役所の人に聞くだけ聞いてみようということになり早速電話をした。すると、すぐに調べてくれてその結果OKであった。なんと価格も300元でよいという。「謝罪」をして予約したタクシーをキャンセルし、役所の車を待っていると、その車にさっきの役所の人が乗って来て運転手に指示をしてくれたうえ、見送りまでしてくれた。中国の役所はあてにならないなんて思っていた自分が恥かしい。見知らぬ土地で受ける親切は本当に有りがたく、温かい。お礼と別れの挨拶をし、いざ出発!この車の運転手も前回の町の運転手同様、採石場には詳しいそうだ。何だか私たちがお世話になる中国の運転手は全員が採石場に詳しいらしい…。この運転手に先程のタクシーへの交渉の話をすると、すごく怖い顔をして「そんなタクシーには1元たりとも払う必要はない。いくら高くても相場は500元がいいところだ。」と憤慨していた。またまた良い人に当たったみたいだ。
 こうやって温かな人達と出会うことによって可能性が広がっていく私たちの石探し。消えることのない希望を胸に、私たち三人は、親切な役所の人の話を頼りに心当たりの次の町へと向かった。




- Vol.6へ続く -

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安山岩探索紀行 〜「シルキーストーン」開発の軌跡〜
   『THE 石の情報誌 ウェルストン』から抜粋しました。
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