| 安山岩探索紀行(4)〜「シルキーストーン」開発の軌跡〜 |
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前回の中国滞在で石探しの目標を達した私たちは2ヶ月ぶりに再度訪中。今回の新たな目的はシルキーストーンシリーズの新石種を探すこと。きっと見つかると信じて新たな安山岩探索の旅が始まった。 ●2ヶ月ぶりの石探しの旅がはじまる。 朝、普段どおりの時間に当組合に出社。時間ぎりぎりまで仕事をし、私たちは新しい安山岩への期待を胸に高速道路で仙台へ向かった。 仙台空港を出発した私たちは、夜7時50分、2ヶ月ぶりの訪問となる北京空港へ到着。前の月に厦門(アモイ)へ出張したのだが、同じ中国国内とはいえ雰囲気が全然違う。やはり北京は北京。歴史の重さを感じさせ大中国の首都だということを再認識させてくれる。私たちはそのままホテルへ直行しチェックイン。明日からの石を探す旅へ疲れを残さないよう早めに就寝した。 ●またもや中国ならではの光景に出くわす。 明くる朝、ホテルで朝食を済ませ北京空港へ。つい1,2年前の北京空港を知っている者にとっては、見違えるというよりも、場所を間違えたのではないか?という気さえする変わりようである。つい最近までは失礼な話だが正直、古く汚いロビーにひっきりなしに大音響の空港内アナウンスが流れ、冷房の効きも悪かった。レストランなどはあろうはずもなく、売店でカップヌードルを買いその場で立ち食いをしていたのである。それがいきなりここはヨーロッパか?と思うほどモダンで清潔になり、レストランの味やサービスも良くなった(値段も良いのだが…)。何より空港スタッフの質が違う。改装前は、昭和初期の日本の事務員さんを思わせるような制服を着たおばさんが、客に対してがなり立てたり完璧に無視したりしていたのだが、現在はどこへ行ったのだろう?若いスタッフが、笑顔でスマートな対応をしてくれる。その近代的で化けてしまったと思っていた空港で、その認識を180度覆し『これぞ中国。』と、なんだか安心するような出来事が起こった。私たちの通訳兼ガイドである劉(リュウ)女史が、チェックインカウンターで何やらもめている。行ってみると、沈陽(シェンヤン)行きの飛行機の座席番号が決まらないというのだ。なぜなのか聞いてみると、『広州からの飛行機でそのまま沈陽に行く人もいるし、北京で降りる人、北京から乗る人もいるので。』という私たちには全く理解できない答えが返ってきたのだった。座席をコンピュータ管理していないのだろうか? 結局のところチェックイン後のボーディングパス(搭乗券)は信じられないことに座席番号欄が空白だった。まさか吊り革につかまって立って乗ることはないだろう!と、なかばワクワクしながら初めて自由席の飛行機に乗ったのだった。『さすが中国はスケールが大きい。』と、妙に嬉しくなり大笑いしてしまった。 沈陽に無事到着したものの、電車に乗り換える時間接続がうまくいかず、昼食を兼ねて町を散策することにした。庶民的な食堂で、あまり見てくれは良くないが、美味しい昼食を終えた。ぶらぶら歩いていると「高級設計」(サインの書体を考えることの意)と中国語の看板を出して、その前に腰掛けを置き、町の似顔絵描きのような商売をしている人たちが目立った。 好奇心から私もサインを書いてもらおうとそのうちの1軒に近寄った。その看板の言うところの高級設計士(?)が、いかにもデザイナー然とした難しい顔をしてサインを考えていた。その前には1人のお客が期待しながらタバコを吸い、途中経過を背伸びし、盗み見ている。私たちもワクワクしながら「お願いできないか?」と声をかけたとき、またまた大笑いである。サインの書体を考える高級設計士がニヤッと笑った後、さっきまでお客だと思っていた男性と交代してしまった。完璧な役割分担によるサクラだったのだ。二人の風貌を見るとなるほど、実際にサインを考えてくれた人の方は見てくれがパッとしないので、お客の役を演じていたのだった。もう一人の方がそれらしく見える。作業にかかった後も全然悪びれる様子も無い。『こいつら最高だ。』と思わず絶賛してしまった。日本へ帰ってからの飲みながらの報告会を待ち遠しく思ったくらいだ。●ようやく採石場のある町へ出発。 いよいよ電車に乗り、4時間あまりで採石場のある町へ。この電車も北京空港同様、以前とは見違えるようだ。昨年も個室グリーンを取ったのだが、正直、汚いし、うるさいし、冷房はついていないし、おまけにせっかくの扇風機は壊れていた。挙句の果てには、乗務員に写真を撮るなといわれるトラブルがあったりしたので、今回も相当な覚悟をして乗ったのだが、ここも完全に化けていた。各寝台のシーツはきれいに洗濯され、糊が効いていて、良い匂いさえする。車内の通路などはついこの間まで、すぐ側にトイレがあるのにも関わらず母親が子供に小便をさせていたり、ごみ置場なのか通路なのか分からないほどであった。しかし今回乗った電車は非常に清潔で、エアコンは効いているし各部屋で音量調節から照明調節もできるようになっていて、本当に快適だった。この車中でのもう一つの幸運は、同室になった人が非常に知的で明るいきれいな女性だったということだ。個室グリーンは2段ベッドが対になっており、1部屋4人が入れるようになっている。私たち2人と通訳の劉女史ともう一人がこの女性だった。この人は私たちの目的地よりさらに先の町の住人で、出張の帰りだそうだ。なんと職業は地元ラジオ局のアナウンサー。ハキハキしていながら純情そうで、とても素敵な女性だった。何よりも、私たち2人が知的に見えるので(?)「日本のエンジニアですか?と」聞かれたのが嬉しかった。日本では絶対に有り得ないことである。それから少しずつ打ち解けてくると、「日本の男性は皆がこんなに美男子なんですか?」ときたもんだ。我々2人は不覚にも赤面し俯いてしまった。それからお互いの家族のこと、男女の役割等日本と中国の違いを話し合いながら有意義で楽しい電車の旅を過ごすことができた。 夜9時。いよいよ採石場のある町に到着。取引先の総経理(中国の社長)ら2人が駅まで迎えに来てくれた。その日はホテルへ直行し、近くの食堂へ。最初にこの町に来時は、その食べ物、環境に大いに戸惑ったが、今回は慣れたもので、憶えていた料理をオーダーし、次々と胃袋へ美味しく収めたのだった。 ●新石種探しを前に、突然政府の大物役人登場。 朝9時。約束の時間にホテルのロビーへ行くと、またまたビックリ!である。黒塗りの車から降りてきた見知らぬ中国人が次々と名刺を差し出し握手を求めてくる。何がなんだか分からないながらも交換した名刺をよく見ると、地元の副県長、書記長、町長、村長、他役所の方々だった。事態を飲み込めないまま車に乗せられ、真っ直ぐ連れて行かれた場所は、役所の会議室だった。その日は日曜日だったのに私たちに会うためにわざわざ休日出勤したようだ。そこで、すぐさま副県長から順番にスピーチがはじまった。その後、なんと私にまでスピーチがまわってきてしまったため、戸惑ってしまい、我ながら訳の解らない話をしてしまった。「日本側代表がこれで良いのか?まあいいか…。どうせ日本語のわかる人は身内だけだ。」の気分であった。 『どうも昨年から日本人が原石を買い付けに来ている。』という噂が役所にも聞こえ、今回是非会いたいとなったようだ。中国北東部の地方自治体にとっては珍しいことでもあり、私たちからの投資を期待しているようだ。あとから 取引先の総経理に聞いてみた。「今までことあるごとに聞かされてきたことだが、やはり中国では政府との人脈が非常に大事で、それ抜きではビジネスはスムーズに行かないのか?」と。答えは意外なものだった。総経理本人は、なるべく役所を通さず民間同士で取引をしたいのだが、こうなった以上、ご機嫌を損ねると色々やりにくくなるので調子を合わせてくれ。ということだった。それから厳重に注意されたのが、価格を吊り上げられる恐れがあるので、彼ら役人の前ではこれから益々多量の石材を使用するような良い話をしないでくれ。とのことであった。非常に難しい事態である。他の国だと、量の多さは価格交渉の最大のカードになるのに。その後、採石場に黒塗りの車を連ねて検品をし、歓迎の食事会に招かれた私たちは恒例のカンペイ攻撃を受けることとなったのだった。 - Vol.5へ続く - _________________________________________________ |
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