安山岩探索紀行(3)〜「シルキーストーン」開発の軌跡〜
列車の中のおかしなおかしなエピソードから始まった私たちの石探しの珍道中。いよいよ幻の現地へ向かうことになった朝、期待と希望はクライマックスに。探し求めていたイメージどおりの石にきっと出会えるような気はしているのだが。

●拍子抜けするほどラッキーな出だし。
藩陽(シェン・ヤン)から電車で約5時間、内モンゴル自治区のとある都市。その地唯一のホテルから幻の石切場へと、いよいよ私たちは出発した。タクシーをチャーターしたその朝、私たち一行はやる気に満ち満ちていた。天気もいたって良好である。しかし、その石切場への道程は現地の農民の人たちに尋ねながらのものとなった。なにしろもともと私たちが所持している情報は極めて少なく、しかも頼りない。走行途中、車を止めては農民の人たちに「こんな石をとっている所は知らないか?」と、尋ねる質問もかなりシンプルだ。それでも農民の人たちは「あっちだ!あっちだ!」と教えてくれた。その案内を頼りに走り続けていたら、なんと、目指す石切場にまもなく行き着いてしまった。私たちは何処とも知れぬ石切場に向けて出発する時、「だいぶ手こずる旅になるだろう…」と、相当に覚悟していたので、この成りゆきは本当にラッキーに思えた。もちろん私たちは今後、何度も往き来するであろうその石材場への道のりを忘れないために、写真を撮りながら行くことを忘れなかった。たどり着いたその地は、いくらでも石が採れそうな宝の山に見えた。

●幻の砕石場には素晴らしい石がごろごろ。
その石切場では、上半身はだかの労働者たちが手作業で石を採っていた。大きくて長いバールを用い「ガ〜ッ」と豪快にである。私たちから見ると素晴らしいと思える石でも、惜しげもなく手作業で粉々に割り、砂利に加工していた。その砂利は農家の人たちが家を建てるために使ったり、農道をならす時に敷き詰められたりするのだ。労働者たちはみんな黙々と作業している。砕石場 しかしその中の誰が社長なのか責任者なのか全くわからない。そこで私たちの通訳は「責任者を探してくる」と言って石切場の奥の方へ入って行った。その間、私たちが石を熱心に見ていると労働者たちが次々と周りに集まってきた。彼らから見れば、多分はじめて目にするであろう日本人。「一体何をしている のだろう?」という雰囲気が充満していた。彼らのいでたちと鍛えられた筋肉にちょっぴり圧倒されながらも、私たちは身振り手振りで「日本にこの石を持って行きたいのだ」と説明などをしてみた。しかし筋肉隆々のこの男たちはわかってくれたのだろうか…。日に焼けた素朴な顔で私たちを見つめていた。そうこうしているうちに通訳が石切場の責任者を探してきて、私たちは事務所に招かれることになった。

●いい石、いい人、感動ものの手ごたえ。
事務所で私たちは、はじめての外国人として歓迎された。責任者の方は、気さくで人柄のとてもいい方のようだ。私たちは気軽にいろんなことを聞くことができた。やはりこの石切場ではいくらでも石が採れるという。見た限りでも日本のニーズに合った素晴らしい石が豊富だ。また、このあたりは実際山だらけなのだが、地の利は悪くないような感じもある。道路もわりと近くにあったので、私たちは環境的にも条件がよいと感じていた。問題は石の価格だ。単刀直入に聞いてみたら、単刀直入な返答が返ってきてびっくりしてしまった。普通、中国では、日本人が買い付けに訪れた場合、値段を相当に引き上げられることが多いということを私たちは経験上知っていた。しかしこの石切場の責任者は地元の農民の人に提示しているのと同じ額を言ってくれたのだ。私たちは心の中でこの幸運な話に喜んだ。その他、いろいろと輸送手段などについて聞き込んで、私たちはまたあらためて出向いて来ることを責任者に伝え、その石切場を後にしたのだった。

●愛想のいい人、呆れるほどの価格を提示。
私たちにはもう1種類の探したい石があった。そこで、最初の石切場から何キロか離れているもうひとつの石切場に向った。その石切場の責任者は、最初の所とは遠い、少し商売慣れしていた。聞けばここの石、中国国内で広く流通しているらしい。石の価格を聞いたら、お茶を出してきたりして妙に愛想がいい。しかし、価格についてはなかなか答えようとしない。「いくらだ?」と聞いても、黙ってうつむいて「ウ〜ン」と考えている。また聞く。また「ウ〜ン」。・・・。 事務所我々の通訳が「早く見積を提示してくれ」と言っても「ウ〜ン」。業を煮やした我々が、「早く!」と言ったら、「うるさい!いま、考えているんだ!」と逆にどやされてしまった。やっと、やっと、彼の口から出てきたその価格は、最初の石切場で提示された価格のなんと20倍であった。石の質も条件も同じだというのに・・・。呆れた我々は、「あ〜、わかった。わかった。」と早々に帰ってきた。スムーズに見積が出てこないところをみて、内心「やばいな」と思っていたら案の定であった。日本人だと思って高く見積もってきたのだ。この体験から、あらためて最初の石切場との出会いは貴重だと確信した。

●現地の純粋な価格を知る。これも旅の重要な目的。
今回の石探しの旅に、我々と通訳だけで臨んだのには理由があった。通常、こういう場合には中国の加工場の人を同行することが多いのだが、加工場の中国人を同行した場合、日本の市場を考えて、それに見合った高い金額が出てくるのを経験上、知っていたからだ。最初に訪ねた石切場でまさに現地価格の見積を得ることが出来たのは、私たちの作戦が良い結果を生んだように思えた。まず現地の価格を確認して、次に来る時にあらためて中国の加工場の人を同行し、便宜を図ってもらおうという作戦だ。石探しの一日目で、私たちは求めていた石を現実的な価格で手に入れられるという自信が持てた。石切場は機械化されていないため、全て手作業での搬送になる…という問題は残るものの、商品化が現実的に可能であると確信した。この確信によって、私たちはより具体的な段取りを模索する作業へと入ることができる。日本に向けて石を運ぶ時、最も近い港までどのくらいの運賃がかかるか、また、信頼できる加工場まで運ぶための運賃など、帰途の間、調査しながら帰ることができたのだった。

●新たな意欲とともに、またの来中を決意。
運賃調査しながらの帰途、私たちはもうひとつの発見をした。私たちがウロウロしたあたりでは、いたるところで安山岩が掘られていたのだ。そこで地元の人に尋ねてみたところ、いろんな種類の安山岩があって、しかもその安山岩のサンプルや情報を展示している所が近くにあるというのだ。我々は地元の人に聞いた役所の地質鉱物科なる所へ行ってみることにした。もちろん、帰りの時間は変更した。役所の人たちはすごく歓迎してくれた。しかし、そこにあった石のサンプルはホコリまみれ。20年ぐらい前に掃除したかもしれないガラス張りのケースの中に並べられていた。我々は気を取り直して「赤い安山岩があると聞いてきたが本当か?」と聞いてみた。役所の人は「ある」と答えた。「どこにあるか?」と聞いたら「それは私が一緒に行かないと教えられない」という答えだった。今までの経験上から、要はお金次第だということに私たちは気付いたので、「じゃ、いいです」とあっさり引き下がって帰って来た。中国の人には2種類の傾向がある。日本人だと思って儲けを企む人と日本人だと分かっても変わらない人。ますます最初の石切場が本当に貴重に思えてきた。そうこうしながら私たちは帰り道でさらにいろいろな調査をしながら帰ることにした。石を列車で運んだ場合、トラックで運んだ場合、加工場まで運んでさらに港まで運んだ場合など、それぞれのコストはいくらになるかを、マメに丹念に根気よく調べた。そして、日本に帰り、もう一度作戦をたてて次にまた準備万端で再度来るのだという思いでいっばいだった。こうして私たちの今回の旅の目的は達せられたのだった。




- Vol.4へ続く -

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安山岩探索紀行 〜「シルキーストーン」開発の軌跡〜
   『THE 石の情報誌 ウェルストン』から抜粋しました。
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